欄間額の前身?

高野山は、ようやく桜が咲き始めました。

この前、鳥獣戯画の手ぬぐいをいただきました。それを見てあるものを作ろうと思いつきまして...それは「横被(おうひ)」と呼ばれるもので中国独自の表装です。巻子と欄間額の間といった形をしております。

横被

横被の面白いところは、まず観賞するときは左右の棒に穴が開いており、そこへ釘を刺し壁へ打ち付けるところです。

横被2

横に長い場合、途中にも釘を打ち安定させるために「乳(ち)」と呼ばれる出っ張りがついています。

横被3

そして、収納時には巻子のように巻くことができます。通常、巻子などは丸い軸棒がついていますが横被の場合、半円の軸棒が二つ並んでついています。巻くときは、その二つの軸棒が重なり、丸い軸棒となって巻くことができるのです。

横被4

横被5

私が横被を作ったのは、これが二回目で「知る人ぞ知る」表装って感じです。滅多に注文はありません。

横被について調べてみると、”僧が七条以上の袈裟 (けさ) を掛けるとき、別に右肩に掛ける長方形の布”といった記述があり、「法衣としての横被」が出てきました。その横被の様子が「表装形式の横被」と似た形をしているので、歴史を辿れば同じ発祥に着くかもしれませんね。

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芽吹きの季節

蕾

春らしい気候になってきました。庭の新芽たちはカモシカの餌食になっております。

高野山には古くから「高野紙」と呼ばれる和紙があります。これは高野山麓の村々で漉かれていました。近年、ユネスコの無形文化遺産に登録された和紙の中にある「細川紙」は、この高野紙がルーツとされています。そんな高野紙も需要の減少とともに漉き手が少なくなり、その技術が途絶えようとしていました。しかし、十数年前から高野紙復活に向け「和紙の会」が作られ、飯野尚子さんによって紙漉きの技術は受け継がれております。

その飯野さんとお話しする機会があり話の中で、おもしろい和紙の加工技術を教えてもらいました。それは「打紙」と呼ばれるものです。

打紙は、加工工程をざっくり言うと乾燥させ完成した和紙に「ネリ」という紙漉きに使われる液体を塗布します。塗布した紙を何十枚か重ね、木槌で上から全体を叩きます。これを行うことにより繊維が潰され、紙の厚みは元の3分の1ほどになります。表面はツルツルになり、しなやかさもプラスされるのです。私も加工前後の紙を触りくらべ、表面のツルツルとしなやかさに驚きました。

画像で、なんとなく加工後が薄くなっているのが見てもらえると思います。

加工前は横に漉き簾の跡が見えます。しかし加工後は、その跡がなくなり全体にツヤが出ています。

この打紙加工は、平安時代で既に存在し、この時代の漉いた和紙には必須の加工だったのではないかといわれています。しかし時代が進み鎌倉時代になると、打紙加工は少なくなり稀に加工されてあるとビックリされる、そんな移り変わりがあったようです。

打紙加工された紙は筆のすべり・墨持ちがとても良く、筆先まで綺麗に書け、特に仮名文字を書くときに、この特長が十分に発揮されるようです。

和紙は歴史が古いですし、私もまだまだ知らないことがあると思います。表具の裂地もまたしかり・・・普段使っている道具材料一つひとつを採っても知らないことがたくさんあるのでしょう。でも、その知らない知識に触れるきっかけがないと知りたくても知りようがないと思います。だから今回、打紙について教えていただけた飯野さんには、深く感謝いたします。

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ほぼ経過報告です。

毎日寒いです。今年は厳しい寒さが続き、雪もプラスされて参っております。

さて、この時期毎年恒例の古糊の水換えと、今年は糊の仕込み作業を行いました。古糊とは何ぞやという方はこちらをご覧下さい⇒古糊作り~前編~

昔仕込んだ糊たちは順調に水面カビだらけにしております。

古糊の様子

表面のカビを程々に取り、水を入れ替えます。

古糊の様子2

二年前に仕込んだ糊は発酵臭を感じますが、わずかのカビ発生でおさまっています。実物を見ないと水入れ替え後と大差ない見た目です。

古糊3

今年は新たに一甕、糊を仕込みました。その時の糊炊きの様子を動画にしてみました。

以上、経過報告でした。

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慣れとは恐ろしいもの

いよいよ師走の12月になり、気候も冬らしくなってきた高野山です。

今回は、私がふと思ったことをひとつ

これは最近修復をした屏風の背面です。

屏風 修復後

修復前は経年により糊の接着力がなくなり、負荷がかかる紙番は自然に崩壊していました。

屏風 修復前

この屏風はおそらく今回が初めての仕立て替えと思われ、そうであれば製作されてから約100年ほど経っていることになります。表面には書画が貼られていました。それらの書画を修復しながら私は、「100年ほど前なら、まだ新しい方だな」と思っていました。

少し話が変わって上記の屏風と同じ頃、かなり古い作品を修復したのですが、そこに書かれた元号によると約400年前のものとわかりました。さすが歴史ある高野山。400年も前のものを修復するのは緊張します。そのとき私は、ふと客観視できたというか改めて思い知ったのですが、

400年も前のものが目の前にあるってものすごいことじゃないですか?

もちろん普段から古いもの新しいもの関係なく修復表装するときは、次の世代に残るように、出来るだけ今の状態を維持できるように、少しでもいい状態になるようにと修復表装します。だから、100年前が比較的新しいものと思うから手を抜くなんてことはないのですが、その作品を修復したときは目の前のものが、あまりに時間を越えてきたものだと改めて思い、それと相対していることに不思議な感覚を覚えました。

そこで、改めて私は上記の屏風を見て思ったのです。

「100年前のものが目の前にあるってものすごいことじゃないか」って

前までは15年ほど前をほんの数年前に思うような感覚の延長で100年前を思っていました。高野山は本当に古いものが多く、ありがたいことに私たちは日々それらを修復させてもらえます。その中で年数への慣れが生じていたのだと思います。

歴史あるものを扱わしてもらえる責任を再確認した、そんな出来事でした。

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紅葉の高野山。展覧会開催です。

高野山は今、紅葉で色鮮やかです。

今週末から山内で伝統産業展・公募写真展が始まります。これは、高野町と地域おこし協力隊が主動のもと高野山のお膝元で発展してきた伝統産業に着目した単行本「お大師さまの息」出版に伴い開催される展覧会です。

伝統産業展&公募写真展

当店も参加します。そこで展示するものの中に「丸包丁」というものがあります。

丸包丁

丸包丁は名の通り丸い刃の包丁で古来より和紙や裂地を裁断するときに使われました。最近では、カッターナイフを代用する場合があります。この包丁が優れている点は、切る対象との抵抗が少ないことです。特に裂地を切る場合、抵抗が少ないおかげで断ち面がほつれにくく、より綺麗に切ることができます。

カッターナイフを使用する場合、出来るだけ刃の角度を小さくしても限度があります。よって丸包丁よりは抵抗が大きくなります。

カッターナイフ 角度

しかし、カッターナイフは切れ味が落ちると、すぐに刃を折って切れ味を戻すことができます。

丸包丁は刃の角度を極めて小さくできます。

しかし丸包丁の場合、刃の切れ味が落ちると研ぐ必要があるため切るものが多いときは複数の丸包丁を用意する必要があります。そして、刃が曲線なのでとても研ぎにくいです。

と一長一短ある裁断道具たちです。

昔の弟子見習いさんたちは、次の日に向けて何本もの丸包丁を研ぎ、次の日先輩方に「全然切れない包丁やな」と嫌味を言われたとか言われないとか。まぁ切れはしたのでしょうが更に上を目指すための愛の鞭なのでしょう。

展示会には、他の道具たちも展示します。また、掛け軸などの展示も行います。お時間ございましたらどうぞ、ご覧にお越し下さいませ。

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かわいい名前の謎なやつ

秋の気配を少しずつ感じる季節になってきました。

秋と言えば、お祭りが多いですね。お祭りといえば神社。

有名な神社といえば京都伏見稲荷大社。

と、強引にお稲荷さんに繋げる連想ゲームをしたわけですが、なぜかと申しますと今回見ていただく裂地文様が稲荷大社と関係があるのです。

この裂地の金糸で表現されている文様は「つぼつぼ」と呼ばれています。茶道、茶掛け軸でよく使われます。

さて、この「つぼつぼ」は、いったい何を表した文様なのかという疑問です。名前からすると「壷」をイメージしますが、それにしてはなんだか丸い。

調べてみますと、元々は「田宝(でんぼ)」という素焼きのお皿のようなものだそうです。そこから派生した丸い小振りの入れ物が「つぼつぼ」です。この「田宝」や「つぼつぼ」は昔から伏見稲荷大社のお土産として有名で、二月の初午祭で買ったものを家や田畑に埋めて、豊作や商売繁盛など祈願したそうです。実際、江戸時代の商家跡からつぼつぼがたくさん出土しています。

つまり「つぼつぼ」は縁起物だったわけです。そしてここで、お稲荷さんが出てきました。

千利休の孫である千宗旦は伏見稲荷を信仰しており、お土産の「つぼつぼ」を三千家の替え紋としたそうです。つぼつぼ紋の位置や重なりの前後で裏・表・武者小路と見分けられるようになっているそうです。

これで、伏見稲荷大社と茶道、「つぼつぼ」それぞれの関係がわかりました。

しかし、結局「つぼつぼ」ってどんなものなのかと思った私は、実物を見たく探しました。今も伏見稲荷の参道商店街には「柚でんぼ」なるものが売っているようですが、素焼きの「つぼつぼ」は見つけられませんでした。

ないなら作る!ということで、出土したつぼつぼの画像を基に作ってみました。それがこちら、

少し歪になりましたが、しっかり素焼きの入れ物になっております。最近は粘土工作のように形作ってオーブンで焼くだけでこんな陶器が作れる商品がありまして、楽しかったです。

つぼつぼは、土鈴のようなおもちゃだったようで、手の中で転がすと「ツボツボ」と音がするから名がついたとか(諸説あり)

実際転がしてみて、どんな音が鳴ったか、それはなんとなく秘密にしておきます。

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私の身長は約5尺7寸4分

今回は、表具で使用する物差しについてのお話を。

表具でサイズを測る場合は、尺や寸という単位で目盛りを打った物差しを使います。この物差しは表具以外でも日本の伝統産業でよく使用されます。

中国から伝わった尺貫法(しゃっかんほう)による単位ですが、日本でメートル法に切り替えていくなかで一度使用禁止にまでなった単位だそうです。しかし永六輔さんの”尺貫法復権運動”によって一部を除き使用可能となっています。

もし尺貫法が使用禁止となっていれば作業効率がかなり落ちると思います。サイズがわかりやすいのです。メートル法の物差しで作業をするとしたら、細かい目盛りで何mmとか早々に目が疲れてしまいます。

表具で使用する物差しは一尺・二尺・三尺の三種類です。と、慣れていないうちに一尺だと言われてもピンとこないと思います。一尺は約30.3cmになります。

一尺の10分の1が「一寸(いっすん)」で約3.03cm

一寸の10分の1が「一分(いちぶ)」で約3mm

一分の10分の1が「一厘(いちりん)」で約0.3mmになります。

また、10尺で「1丈(いちじょう)」になり約3.03mです。

今となっては、物差しの目盛りもすぐ理解できますが表具の世界に入りたては、まぁわからなくて慣れるまで苦労しました。しかし一度慣れると今度はメートル法の感覚がわかりにくくなるのです。そして○○cmといわれた場合、自然と「△尺△寸だな」と変換する癖がつきます。

また、自分の手のひらを広げたときの親指先から小指先間の長さを測っておき、それを基準にしゃくとり虫のように動かし、およその長さを測るなんてこともします。この動きこそ”しゃくとり虫(尺取り虫)”の名前の由来だとか。

 

ここで、いくつか昔からあるものの大きさを見ていきます。

ことわざの中に「一寸の虫にも五分の魂」とありますが、ことわざの意味は別にして一寸の半分が魂ということになり結構容量を占めていることになります。

江戸時代に活躍し大相撲史上最強といわれている雷電為右衛門(らいでんためえもん)は身長6尺5寸あったそうです。つまり約197cm。現代でも十分大きいです。

宮本武蔵と決闘したことで有名な佐々木小次郎の愛刀「物干し竿」は”三尺の白刃”といわれています。つまり約91cmの刀身だったことになります。

高野山の壇上伽藍にある鐘。名を「高野四郎」といいます。当時日本で四番目に大きいといわれたこの鐘の直径は7尺。約2.12mになります。

そして、高野山奥の院で一番大きな墓石、通称「一番石」。高さ約2丈2尺 6.6mにもなる巨大な墓石です。ちなみに、この墓石は織田信長の妹「お市の方」と浅井長政との子で三女の「お江」の供養塔です。

尺貫法で記された大きさもメートルに変換するとわかりやすくなるのでは。せっかくの日本古来の文化ですから触れる機会が増えるといいなと思います。

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和綴じで頭の体操?

最近、古い和本を修復しました。その時に「和綴じ(わとじ)」と呼ばれる綴じ方を施しました。今回は、その和綴じの種類について・・・

(板に各綴じ方をやってみました)

和綴じ

和本の起源は、中国から伝わったもので古くは平安時代、弘法大師 空海が中国より持ち帰ってこられた本が現存する最古のものとされております。そこから綴じ方が発展し、「大和綴じ」が出来上がります。大和綴じは4ヵ所に穴を開け、2穴ずつ紐で綴じます。

その後、江戸時代になり和本は最も盛んに発展し、それと共に様々な綴じ方が発明されます。中でも和綴じの基本となるのが「四つ目綴じ」です。和綴じは一本の紐で綴じられており綴じ始めと終わりの点が同じところになります。

 

次は「康凞綴じ(こうきとじ)」です。高貴綴じとも呼ばれます。四つ目綴じに比べ、角への綴じ数が増えております。これは中国の康凞帝が好んだ綴じ方といわれております。

次は「麻の葉綴じ」です。綴じた糸が”麻の葉文様”に似ているところから付けられています。綴じ数が多いので仕上げるのも一苦労です。

麻の葉文様

最後は「亀甲綴じ」です。こちらは亀甲形から付けられた名のようです。

以上が伝統的な綴じ方です。一度要領をつかめば、独自の綴じ方が出来ます。和綴じでWeb検索すると、なんとも手の込んだものを見ることができます。一筆書きのような感じで一本の紐で、綴じ始めと終わりが同じところに来る様に模様を考えればいいので、頭の体操になるかもしれません。

また、紙・紐・縫い針があれば粋なメモ帳が作れます。綴じ方は、検索してみてください。あしからず。

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奥が深いぞ。軸先の話~後編~

変形軸先の接写

前回に続き、軸先の話です。今回は軸先の形について紹介したいと思います。

はじめに軸先で一番シンプルな形の「頭切(ずんぎり)」です。そのシンプルな形ゆえに汎用性が高く、掛け軸のあらゆる形に使うことが出来ます。

頭切

次は、頭切のカドを落とした「面取(めんとり)」です。落とすことでカドが傷むことを防ぎます。またカドを曲線に落としたものを「銀杏面(ぎんなんめん)」といいます。これは”ぎんなん”に形が似ているから、だそうです。面取という形は”神道的な表現”が強く神道系の本紙によく使われます。面取り部分に金で装飾したものを「面金(めんきん)」といいます。朱塗りの面金は、お雛様の絵を掛け軸にする場合によく使います。

面取面取・銀杏面比較

断面に丸く筋彫りをしたもの、牙などを象嵌したものを「印可(いんか)」といいます。印可とは禅宗などで弟子が師からいただく卒業証書(語弊がある言い方かもしれないが)”印可状”からきています。よって頂相画の表装に適しています。また、巻物の軸先としてよく使われます。

印可

輪を重ねたような形の「段巻(だんまき)」は官人の書画に適しています。段巻は素材や形によって”渦軸”や”千段巻”と呼ばれます。茶道で使われる茶掛の軸先に使うこともあります。

段巻

これは「宗丹(そうたん)」と呼びます。つるんとした見た目が特徴です。主に”草”と呼ばれる掛け軸の形に使われます。

宗丹

これは「撥(ばち)」と呼びます。名は、断面が三味線を弾く撥に似ていることが由来のようです。主に”草”と呼ばれる掛け軸の形に使われます。

撥

こちらも”ばち”と呼びます。しかし同じばちでも太鼓などを鳴らす「枹(ばち)」です。こちらも断面の形が似ていることが由来のようです。主に”草”と呼ばれる掛け軸の形に使われます。なお、これと上記の”ばち”は長いバージョンもあり南画・文人画と呼ばれる大陸系の本紙の表装に使われます。

枹長撥長枹

最後のは「利久(りきゅう)」と呼びます。これは長撥と同じく南画・文人画と呼ばれる本紙の表装に使われます。日本様式の「大和仕立」と呼ばれる表装の形に使うには、この軸先の主張が強くゴチャゴチャとするので向きません。

利久

大和仕立

 

南画・文人画を表装する際「文人仕立」と呼ばれる形にしますが、これはシンプルな形をしています。よって利久を使ってもバランスが取れます。

文人仕立

 

と、軸先の紹介をしてきましたが、他にもいろんな形・見た目の軸先があります。集めてみるのも面白いかもしれません。中でも塗に蒔絵を施している軸先は、それだけで立派な芸術品です。また、色・形・名の由来など知ってもらうと美術館などでの鑑賞時に見るポイントが増えるかも知れないですね。

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奥が深いぞ。軸先の話~前編~

掛け軸の軸棒から出っ張っている部分を軸先と呼びます。

軸先は掛け軸を巻くときに役立ちます。また、掛け軸全体のアクセントになります。しかし軸先選びを間違えると表装の調和が崩れ、パッとしなかったり野暮ったい表装になってしまうのです。

さらに表装の形や書画(本紙)によって使うべき軸先の素材・形が決まっています。知らずに間違った軸先を使用すると表具師として恥ずかしいことになります。

では軸先にどんな素材・形があるのか紹介します。

軸先の素材には木材・骨材・塗物・焼物・金属材・樹脂材などに分けられます。

木材には黒檀(こくたん)紫檀(したん)花梨(かりん)などがよく使われます。いずれも硬く耐久性に優れた木材です。また、神道系の掛け軸には神木とされる一位(いちい)の木が使われます。

骨材には象牙・骨・角などの動物からとれる素材でできています。象牙は現在、取引が禁止されているため昔からの在庫を使用するか代用品を使います。また角軸先で鹿の角を使った軸先は鹿が神使である春日大社関係の本紙に使われます。

塗物は木材に漆塗りなどで仕上げた軸先です。黒漆や朱の色漆で仕上げたもの。黒漆に朱やベンガラを混ぜ、茶系の色で仕上げる潤塗り(うるみ塗り)。朱で塗った後に透明の漆で仕上げる溜塗り(ため塗り)が塗物の基本的な色です。そこに金箔等で装飾したもの(蒔絵など)もあります。

焼物は磁器・陶器で作られたもの、染付けから素焼きと、あらゆる焼物の軸先が作られています。格式を高くするべき本紙には使われません。

金属材は金軸と呼ばれ金属製の軸先に金や銀をメッキしたものです。主に仏表装に使われます。軸先に蓮華などを彫金してからメッキしたものが多くみられます。また金軸の中に、ひと回り小さい金軸や水晶を入れ、それが透けて見えるように加工した透かし金軸があります。

古色金軸透かし金軸

樹脂材の軸先は、上記の象牙や水晶製軸先など希少なものの代用品として見た目を似せて作られます。また、塗物軸先に似せた代用品もあります。

紹介できたのは、ほんの一部ですがたくさんの種類の軸先が存在し、それらを使い分け表装がより良く見えるように考えるのです。

ちなみに今まで紹介した軸先のほとんどが「頭切(ずんぎり)」と呼ばれる形で軸先の基本形になります。後編では、軸先の形について紹介したいと思います。

後編⇒「奥が深いぞ。軸先の話~後編~

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